mimi game

ろんりろん

commit

内向きな自己規定や娯楽への逃避行を繰り返す中で、
割と自然と、社会にコミットし絶えず何かを獲得していきたいと思えるようになってきた。

一言で言えば、アウトプットしたくなってきたと。
今まで、一人でシコシコとインプットを繰り返してきた(まぁ、大半はインプットでさえもなかったのだろうけど)。
こういう系の文章を書く機会も少しずつ減らしていきたいところではあったりする。
まぁ、何事もバンラスが肝要だ。

自己規定のススメ - 学際知の地平

「自己規定」という言葉をご存じだろうか。簡単に言うと、「私は何者なのか?」という問いへの答えを自ら生み出すことである。アイデンティティの自覚的確立である。商品などで言えば「コンセプト」に該当するものであり、そのものの性格をズバリ決めるものである。
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だから、自己規定として、人格でも能力でも、僕はこういう人物であると思い描き、夢を含まらせるとよい。たいていは実現できる。もちろん、日常生活を縛り付けるルールになるのだから、最初のうちは苦しいし、努力も大いに必要となるだろう。しかし、習慣化してしまえば、いつのまにか自然になる。これが理性的に生きるということである。と同時に、自由に生きるということでもある。
眠いから寝る。腹が減ったから食べる。こういう行動は一見すると自由に見えて、実は本能に束縛されており、自由ではない。本能の支配下にいるのである。真の自由を得るためにも、理性による自己規定を行ない、その実現へ向けて懸命に生きることこそが、自分のやりたいことを見つける近道と思う。何にも取り組む前から自分のやりたいことなど見つかるはずもない。とりあえず、なにか1つ自己規定して、それに取り掛かるとよい。おのずとやりたいことも見えてくるし、増えてくるであろう。



押井守が「仕事の鬱憤は仕事でしか返せない」的なことを言っていたっけ。
社会の中で生きている以上、当然社会との付き合い方が重要になってくる。

社会と関わっていくことが大切なのは経験的に学んだ。
だからといって、相手の思うがままに操られ、なすがままに犯されては本末転倒だ。
いよいよ居場所を見失ってしまう。

優先順位を履き間違えてはいけない。
何より大切なのは、自己満足、つまり充実感に満ちた日々を刻んでいくこと。
他人と比較してということではないけれど、同じ時間をどう過ごすか。
あくまで手段であることを踏まえたうえで、一つ一つの行動を選択していきたい。