MIND x GAME

ろんりろん、真摯に論理的にやっていく

日々をやっていくということ

日々をやっていくこと以上に重要なことが見つからない。

何処まで行っても、そこには日々がある。
何者になっても、それは日々と共にある。
例えば、理想としている状態があったとして、現時点から見えるのはある最適化された瞬間だけであって、
その背後に待ち構えている日々を見通すことは難しい、というかできない。
道を知っていることと、その道を歩くことは異なる。

生物的な恒常機能やルサンチマン的な論理を盾に、現状維持に固執しろということではない。
変化を受け入れないということは、先細り途絶える道を選択したことを意味する。

ただ、一喜一憂に振り回されたり、歪んた熱意に突き動かされて物事に取り組むことのツケに無意識でいることは、あまりに無防備であると思う。
見えない敵と戦って疲弊し、疲弊することでさらに敵を増やして...不毛過ぎて笑えない。

ではどうするべきなのか。

取っ掛りとして行うべきは、変化することを良しとしたうえで、長期的かつ多角的に物事を捉えようとする姿勢が何より大切だと認識することだと思う。
ここで大切なのは、あらゆる出来事に高尚な意味付けをすることではなくて、その姿勢自体が持つ価値を理解すること。

前に、「物事は絶対的ではなく相対的に捉えることが大切」と書いたけど、それはただの言葉であって、その意味を定期的に確認することが大切なのかなと。

継続していくために楽しくやっていく努力。
物事をより良く捉えられる状態でいるための工夫。

少しずつ広がりを見せていくイメージを常として、奥深くに根付いている間違いを抜いていく。